中国残留帰国者問題の研究 ーその現状と課題ー

論文要旨


筆者が住む足立区は、外国人登録者数が全国でもトップレベルである。
今後、ますます国際化が進み、日本で生活する外国人数は増加するものと予想されている。
しかし、一般によく言われるように、日本社会は外国人を受け入れやすい社会ではない。
これは、日本の地理的、歴史的背景に起因するものと思われるが、日本以外の文化圏で生活してきた人々にとっては、日本社会は必ずしも生活のしやすい社会とは言えないのが現状である。
異文化で生活してきた人々を、どのように日本社会に受け入れていくかを調査・研究していくうちに、日本人でありながら、中国語を話し、中国文化の中で生活してきた人々、いわゆる「中国残留帰国者」の問題に直面することとなった。

先に述べた足立区は、中国残留帰国者の居住者数(支援給付の対象者)においても、全国でも1、2番目を争う多さである。
中国残留帰国者は、中国語を話し、長く中国文化の中で生活してきたため、生まれ(育ち)の故郷は中国であるが、血縁の故郷は日本であるという複雑な状況におかれている。
また、いわゆる中国残留邦人と呼ばれてきた人々の中には、終戦時およびその後の混乱の中で、筆舌に尽くしがたい悲惨な体験をしたものも多い。

中国残留帰国者への対策については、大きな転機を迎え、法律の改正により2008年4月から新しい支援制度が始まった。

本論文では、中国残留帰国者問題の所管官庁である厚生労働省、また帰国者が多く住み、従来から支援事業を行ってきた東京都、そして2008年4月からの新制度において、中国残留帰国者と接し、支援事業の主体となっていく各区市町村の担当者からの聞き取り調査をまとめた。
区市町村としては、先述の足立区のほか、東京23区内で取り組みが比較的進んでいると思われる練馬区、大田区を選んだ。

また、帰国した中国残留邦人を受け入れ、研修や支援等していく施設である「中国帰国者定着促進センター」、「中国帰国者自立研修センター」、「中国帰国者支援・交流センター」を訪れ、現状の支援事業などについて、聞き取り調査を行った。
これらの施設は、国、または都道府県などから委託を受ける形で、中国残留帰国者の支援事業を行っている。
この他、中国残留帰国者の支援をしているNPO法人も訪問、聞き取り調査を行った。
このNPO法人は帰国者にとって大きな問題の一つである「医療・介護」の分野において、中国語の出来るスタッフのいる病院のデータベースを構築・公開し、また、中国残留帰国者のためのデイケアーサービスを行うなどの活動をしている。

さらに、行政や支援団体など、支援事業等を行う立場だけでなく、実際に支援の対象となる中国残留帰国者およびその2世からも、直接、聞き取り調査を行った。
日本語が十分に話せないため、通訳者を介しての聞き取り調査となった事例もあったが、終戦後の中国での体験や帰国後の旧支援体制下での日本での生活、また新しい支援制度についての所感など、当事者でなければ分からない、貴重な話しを聞き、まとめることが出来た。

聞き取り調査の中で、新支援制度への取り組み状況が明らかになり、準備期間の短さ、各地方自治体間の格差、現状が把握できていない2世3世問題、また地方自治体で行える事業の限界などの問題が浮き彫りになってきた。

また、これらの問題への対策を検討する中で、
① 中国残留帰国者に対する理解を深める取り組みの必要性
② 帰国者の高齢化に伴う介護支援の取り組みの必要性
③ 2世、3世問題の取り組みの必要性
④ 地方自治体、地域社会の取り組みの必要性
 など、新しい支援制度に基づき、実効性のある支援事業を行うための今後の課題についても、考察、提案を行った。

制度設計がようやく終わり、試行錯誤しながらも、本格的に支援事業がスタートする区市町村などの自治体等において、本論文がその政策立案の一助になれば幸いである。
また、このことが中国残留帰国者問題だけでなく、広く日本社会が抱えるさまざまな外国人の諸問題の解決の糸口につながるのではないかと考える。

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