中国残留帰国者問題の研究 ーその現状と課題ー

第3章 中国残留帰国者等への支援策の実態調査


中国残留帰国者の支援政策は、厚生労働省の所管である。
この節では、新制度へ向けた厚生労働省の取り組みと実施について、担当者からの直接の聞き取りも含め、まとめる。


3-1-1 新制度へ向けての厚生労働省の取り組み



2003年から中国残留帰国者が帰国後も苦しい生活を強いられたとして、全国各地で、国を相手に訴訟を起こした。
これを受け、安倍総理大臣(当時)から柳沢厚生労働大臣(当時)に対して、中国残留邦人の支援のあり方について検討するようにとの指示があった。
これに基づき、厚生労働省では、社会・援護局 援護企画課が中心となり、新しい政策の検討・取りまとめを行うことになる。

2007年5月17日には、京都産業大学客員教授の貝塚啓明氏を座長とする「中国残留邦人への支援に関する有識者会議」の第1回目の会合が開かれ、6月12日の報告書の取りまとめまで、合計5回の会議が開催された。
その他、独自に中国残留帰国者からの聞き取り調査などを行いながら、与党のプロジェクトチームとの意見調整を行い、7月に政府・与党で、新支援策案がまとまった。

この新支援策案には、当時、集団訴訟を行っていた原告団も受け入れを表明した。
また、その直後には、安倍総理(当時)と集団訴訟の原告団との面会も実現し、これに伴い、原告団は2008年4月までに、訴えを取り下げることとなる。
その後、法案化の作業が進み、2007年11月に新しい支援策を盛り込んだ「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進および、永住帰国後の自立の支援に関する法律の一部を改正する法律」が、委員長提案の議員立法として国会に提出され、11月28日に、全会一致で可決・成立した。
これを受け、4月から「支援給付の実施」、「支援・相談員の配置」、「地域生活支援事業」等が開始されている。


3-1-2 厚生労働省の担当者からの聞き取り調査



新制度の創設に向けては、訴訟団の代表などを通じ、当事者である中国残留帰国者の意見も何度か聴取して創設されたとのことである。
その中で、現行制度、特に生活保護の受給を余儀なくされている人々から、生活面におけるさまざまな制約に対する不満の声が聞かれた。
以下に、筆者が行った厚生労働省の担当者からの聞き取り調査をまとめる。

①総理大臣の指示から、実際の法案作成、法律成立、新支援策の実施まで、準備期間が短かったことは否めない。

②新制度により、事業主体が区市町村になることにより、きめの細かい支援が期待できる。

③新制度が始まる直前の3月には、全国紙に政府広告を出し、新制度の周知・広報活動を行うとともに、一般国民向けの啓発活動も行った。

④東京、長野、福岡など、中国残留帰国者が多く居住する地域で、啓発・広報活動として、シンポジウムを開催してきた。

⑤検討の開始から新制度のスタートまで、準備期間は短かったが、実際の実施主体になる地方自治体には、随時、情報の提供は行ってきた。また、昨年の12月には全国の担当者を集めての会議を行った。




以上の中で、とりわけ注目すべき点は以下のとおりである。
【1】新制度立案から、開始までの準備期間が短かったことは否めない。
【2】準備期間が短い中、厚生労働省としては、出来うる限りの広報や、自治体に対する情報提供は行ってきた。

尚、平成20年度の中国残留邦人対策関係予算の概要、従来の生活保護制度と、支援給付制度の対比、および厚生労働省が行った新聞広告については、それぞれ論文末尾の参考資料[3]、[4]、[5]、[6]を参照されたい。