中国残留帰国者問題の研究 ーその現状と課題ー

第2章 中国・樺太残留帰国者問題


2-4-2 2008年4月からの主な政策、支援制度


政府によって、これまでの中国残留帰国者へは様々な援護策・自立支援策が行われてきたが、結果として、中国残留帰国者が置かれてきた特別な事情に的確に対応しておらず、十分な支援策とは言えなかった。

そのため、全国で2000名を超える人々による集団訴訟などが行われ、2007年の法改正、2008年4月より新制度がスタートしたことは、前述の通りである。
ここでは、従来の制度と新しい制度の大きな違いである「老齢基礎年金の満額支給」と「それを補完する生活支援の給付金(以下、支援給付金)」等について、まとめる。

(1)支援の対象者について
新しい支援制度における支援の対象者とその把握方法については、厚生労働省では、以下のように説明を行っている。
(ア)本邦に国費又は自費(国費相当者)により永住帰国した中国残留邦人等とその家族(同行入国世帯)を対象に支援する。
(イ)また、本邦に一時帰国中の中国残留邦人等に対して、通訳支援を行う。

<参考>
○支援法第2条第1項に掲げる者及び支援法施行規則第10条に掲げる親族等で本邦に永住帰国した者。
○支援法第2条第1項に掲げるものであって、本邦に一時帰国した者(自立支援通訳派遣に限る)


① 地域生活支援事業の対象者(=永住帰国援護の対象者)
対象者は、中国残留邦人等のほか、次の何れかに該当する者で、中国残留邦人等と本邦で生活を共にするために中国残留邦人等に同行して入国する場合に限り、援護の対象としている。

(ア)配偶者
(イ)20歳未満で未婚の子
(ウ)身体等に障害のある未婚の子
(エ)身体等に障害のある子もしくは在学中の子で、中国残留邦人等またはその配偶者の扶養を受けている者
(オ)中国残留邦人等が55歳以上、または身体等に障害がある場合で、自立の促進及び生活の安定のために必要な不要を行うため生活を共にする者として、残留邦人から申し出があった成年の子(養子・継子を含む)1世帯
(カ)その他、上記に準ずると認められる者(養父母等)





② 対象者を把握する方法

(ア)中国残留邦人等本人
(ⅰ) 対象者名簿(平成20年3月24日付、各都道府県、指定都市、中核市あて送付)に氏名が記載されている者。
(ⅱ) 以下の証明書等を所持している者
(a) 引揚証明書(永住帰国者証明書)
(b) 年金特例措置のための「永住帰国した中国残留邦人等であることの証明書」
(c) 永住帰国旅費支給決定通知書
(d) 一時帰国旅費支給決定通知書
(e) 自立支度金給付決定通知書
(f) 一時金支給決定通知書

(イ)中国残留邦人等に同行し帰国した家族
  上記(ア)、(ⅱ)の(a)、(b)、(c)の証明書等に氏名が記載されている者。


(2)「老齢基礎年金の満額支給」について
中国残留帰国者は、長く中国で生活してきたため、公的年金に加入できなかった。
このため、日本に帰国しても、年金の加入期間が短くなり、年金の支給に満たない、または支給額が少なくなってしまう状況になった。

そのため、国は1994年に、国民年金法等の一部を改正する法律を成立させ、1996年4月より、中国残留邦人などに係る新たな国民年金の特例措置を施行した。
具体的には、帰国前の公的年金制度に加入できなかった期間については、満額の3分の1の老齢基礎年金(22,002円)を保障する等である。

中国残留邦人の帰国前の公的年金制度に加入できなかった期間の平均は25年を超えており、この期間について残る「3分の2」の部分の老齢基礎年金を得るためには、その期間についての保険料を追納しなければならない。
さらに、保険料40年分に相当する満額の老齢基礎年金(66,008円)を得るためには、帰国後の期間についても、保険料を納付する必要がある。

しかし、中国残留帰国者の多くは日本語が不自由であること、生活習慣の違いなどから帰国後に就労できない状況も多く、帰国前の保険料を追納できないだけでなく、帰国後の期間についても保険料を納付することが難しく、受け取ることの出来る年金額は十分なものとは言えなかった。
このような状況を受け、国は中国残留帰国者の年金に関する制度を以下のように変更した。
①過去の期間についての保険料の追納を認める。
 追納を認める期間は、帰国前の公的年金に加入できなかった期間だけでなく、帰国後の期間も含める。 ②老齢基礎年金を満額受け取るために必要な保険料を国が負担する。

これにより、中国残留帰国者は、老齢基礎年金を満額(66,008円)支給されることとなった。


(3)「補完する生活支援給付金」について

① 制度の概要
何度も触れてきたが、中国残留帰国者は、帰国後、言葉の問題などから就労することが難しく、また、老後の生活の備えが出来なかったことなどから、安定した生活を送ることが困難であった。

そのため、多くの中国残留帰国者が、最低限の生活を送るために一般の国民と同じ「生活保護」の制度の適用を受けてきたのが現状である。

  しかし、中国残留帰国者の高齢化が進んでおり、衣食住の生活費に加えて、医療・介護費なども重なり、生活保護のような所得制限付の一定額の給付制度では、年金も収入認定されてしまい、せっかくの国の特例措置も、苦しい生活を余儀なくされている中国残留帰国者の生活への、実質的な収入の増加につながっていなかった。
その結果、先に述べた「中国残留帰国者による集団訴訟」につながっていく一因となる。
そのような状況の中で、新たな生活の支援策が、厚生労働省を中心に政府で検討されることとなる。
しかし、既存の生活保護制度に上乗せする形で給付を行えば、相当程度の高額な給付金になってしまうため、一般の生活保護制度の水準からみると、著しく均衡を欠く制度となる。

そこで、生活保護とは別途の法律に基づく給付金制度が考えられ、法律の改正を経て、2008年4月より実施された。
この制度は、生活保護の制度を準拠・活用しつつ、満額支給されることになる老齢基礎年金と合わせ、受給者の実質的な収入の増加につながるようにするなど、中国残留帰国者が置かれた特別な事情に配慮したものになっている。




② 従来の生活保護制度との主な違い
2008年4月から始まった新制度のうち、支援給付制度について、従来、多くの中国残留帰国者が申請し、適用されていた生活保護制度との違いなどについてまとめる。
(ここでは、主な違いを中心に取り上げるが、生活保護制度と支援給付制度のより詳しい比較については、本論文末尾の参考資料[4]を参照)

(イ)基準について

(ⅰ) 生活費
<従来>生活扶助基準額。ただし、介護保険料加算については、普通徴収の者のみ認定。特別徴収の者は年金収入認定時に控除。

<新制度>生活扶助基準額に準じる。ただし、介護保険料加算については、普通徴収・特別徴収の区別なく全員に認定。

(ロ)収入認定の取り扱いについて
(ⅰ) 収入の申告時期
<従来>就労可能と判断される者は、原則として毎月。
就労困難と判断されるものは、少なくとも12ヵ月毎。
 常時雇用等、収入の増減が少ない場合は3ヶ月毎。

<新制度>原則として、年1回(6月)。
ただし、随時変更の例外規定あり。


(ⅱ)就労収入
<従来>毎月の収入額から必要経費等(社会保険料や通勤費)を控除した額と収入認定。

<新制度> 前年1年間の収入を基に月額を算定し、その額から8千円を控除した上で、残額の3割を控除した額を収入認定。
必要経費は別途控除するが基礎控除や特別控除等の適用は要さない。


(ⅲ)年金等の収入
<従来>実際の受給額を、受給月から次回の受給月の前月までの各月に分割して収入認定。

<新制度>特定中国残留邦人等の本人の老齢基礎年金の満額相当額(平成20年度は66,008円)については、収入認定除外。
これを越える年金額等については、その3割を収入から控除した上で、収入認定。


(ハ)資産の取り扱いについて

(ⅰ) 現金、預貯金
<従来>新規申請時には、最低生活費の2分の1の額まで保有を容認。

<新制度>支援方第13条第4項の一時金のうち、本人の手元に残る額と預貯金等を合算して、当該中国残留邦人等の追納保険料月額480ヶ月分に相当する額まで保有を認める。


(ⅱ) 生命保険
<従来>危険対策と目的とした保険であり、解約返戻金が最低生活費の3ヶ月分以内、保険料の額が最低生活費の1割程度以内のものは保有を容認。
貯蓄性の高い保険は認められない。

<新制度>開始申請時に解約返戻金の額が預貯金等(老齢基礎年金が満額支給される際に、手元に残る拠出保険料相当額の一時金を含む)と合算して、老齢基礎年金の満額支給に必要な40年間分の保険料相当の一時金の額までは、解約を求めない。


(ⅲ) 自動車
<従来>事業用、山間僻地又は障害者の通勤用、障害者の通院用以外の自動車保有は認められない。(生活用品としての保有は認めない)

<新制度>一定の資産価値(概ね支援給付の基礎額の合計額の3ヶ月程度)以下であり、維持費が支援給付のやりくり等で賄われる自動車については、保有を容認。


(ニ)扶養義務の不要能力調査の取り扱いについて
<従来>不要能力調査対象者
・重点的扶養能力対象者;管内に居住する場合は、原則として実地につき調査。管外に居住する場合は、書面で調査。

<新制度>生計を別にする2世3世に対しては、原則として実施しない。
そのたの扶養義務者(日本人の兄弟等)については、必要に応じて保護の実施要領の定めに準じて実施。


(ホ)他法他施策の活用

<従来>他法他施策優先の原則。(国民健康保険制度、後期高齢者医療制度等はその例外。)

<新制度>他法他施策優先の原則。(国民健康保険制度、後期高齢者医療制度等はその例外。)
生活保護と支援給付の関係においては、支援給付が優先する。


(ヘ)世帯認定(2世等と同居している場合の取り扱い)

<従来>原則として同一世帯して扱い、保護の要否・程度を決定。

<新制度>別世帯(「同居している者」)として扱うが、給付金の決定に当たっては、次のとおり取り扱う。

(基準生活費)
給付金の対象となる残留邦人等世帯のみの基準額で算出する。

(2世等の収入の取り扱い)
「2世等を含めた全体の基準額(原則として2世等の医療費・介護費は算定しない)から残留邦人世帯の基準額を引いた額」より「2世世帯の収入認定額」が上回っている場合は、その上回った部分について支援給付が減額となる。2世等の収入については、前年の税法上の所得額から税・社会保険料を控除した後の額の12分の1の額を収入認定額とする

(ト)その他の事項
 (ⅰ) 訪問調査
<従来>要保護者の生活状況等の把握や、自立指導のために、世帯の状況に応じて、定期的に実施。訪問調査はケースワーカーが行っている。
家庭訪問:少なくとも1年に2回以上
入院入所者訪問:少なくとも1年に1回以上

<新制度>新規に給付金の申請があった場合は、給付金の支給の要否・程度を決定するために、訪問調査を実施。

給付金を受給中の世帯に対しては、残留邦人等から要請があった場合を除き、世帯のニーズの把握や届出事項の確認等のために必要最小限度の範囲で実施。
訪問調査は、支援相談員が単独(あるいは実施機関の担当職員と同行)で行う。


(ⅱ)就労指導
<従来>稼働能力を活用していないか、又は稼働が不十分なケース等に対しては、就労指導。

<新制度> 原則として、就労指導等は行わない。


(ⅲ)海外渡航
<従来>親族の冠婚葬祭等の場合、渡航期間が2週間以内であれば渡航費用を収入認定しない。

また中国残留邦人等であって、地域生活支援プログラムを利用する場合は、親族の冠婚葬祭等で中国等へ渡航する際に2ヶ月以内は渡航費用を収入認定されない。

<新制度>目的が親族の冠婚葬祭等の場合は、渡航期間が2ヶ月以内であれば渡航費用を収入認定しない。なお、その際の渡航先は問わない。


(4)その他、地方自治体で行われる支援事業
(1)から(3)では、年金や支援給付金についてみてきたが、2008年4月から始まった中国残留邦人に対する新しい支援策は、経済的な支援だけでなく、さまざまな生活支援事業もスタートしている。

老齢基礎年金の満額支給、支援給付金の支給と同時に、残留帰国者へのさまざまな生活支援事業主体が、これまでの都道府県でなく、区市町村で行われるようになったことは、新制度の大きな特徴と言える。
区市町村が行う事業内容としては、従来、都道府県が行ってきた生活支援事業をよりきめ細かいものにすることを目指し、
1)地域における中国残留邦人等支援ネットワーク事業
2)身近な地域での日本語教育支援
3)自立支援通訳、自立指導員などの派遣事業
を、行うこととされている。

  筆者が調査を行った足立区においては、支援・相談員を配置し、窓口での相談業務だけでなく、中国残留帰国者宅への訪問による面接相談も行っている。
なお、この支援・相談員は、中国残留帰国者に理解があることを前提に、中国語でのコミュニケーションが可能な者を人選している。
足立区の場合は、中国残留帰国者の2世も含まれている。

尚、2008年4月から始まっている新制度の概略については、本論文末尾の参考資料[2]に記述されている。