中国残留帰国者問題の研究 ーその現状と課題ー

第3章 中国残留帰国者等への支援策の実態調査


3-4 区市町村の取り組みの実態について(練馬区)



前述の足立区の他に、中国残留帰国者問題について、他の地域に比べ、比較的取り組みが進んでいると思われる練馬区からも聞き取り調査を行った。
練馬区の特徴としては、2008年4月からの国の新しい支援制度が始まる前から、区独自で支援事業などを行ってきたことが挙げられる。

例えば1988年(昭和63年)には、区の福祉事務所内に地区担当者の自主研究会「中国帰国者問題研究会」を発足。中国帰国者に対する処遇の統一と、保護の適性を図ってきた。この研究会では、呼び寄せ家族についても、同様に対処してきた。
また、1997年(平成9年)には、区の独自事業として通訳派遣制度を創設した。

このような取り組みは、所沢の定着促進センターを退所した帰国者が、区内の都営団地に多く定住するようになったため、その対策が求められたのが理由であるが、それと同時に、区内に中国残留帰国者を支援する団体やNPO法人などが存在し、独自に支援活動を行ってきた経緯があるのも大きな理由である。

現在、練馬区では、2008年4月からの「老齢基礎年金の支給」、「新制度における支援給付金の支給」などの他に、2008年7月から「地域における生活支援事業」として、以下の3つの事業を行っている。

① 地域のおける中国残留邦人等支援ネットワーク事業
② 身近な地域での日本語教育支援事業
③ 自立支援通訳等派遣事業

ここでは、練馬区の現在までの取り組みと、各事業の具体的な内容、担当職員からの聞き取り調査についてまとめる。


3-4-1 新制度における区市町村(練馬区)の取り組み



(1)練馬区の中国残留帰国者の実態(2008年11月1日現在)
① 支援給付対象者 68世帯103人
② 2世、3世の数は、把握できていない

(2)練馬区の支援・相談員等の配置状況
① 配置部署 福祉部 地域福祉課 庶務係
② 配置人数 非常勤職員として3名(うち2名は2世)
③ 配置日数 週5日(毎日1名、一人当たり、週1,2日)
④ 主な業務 窓口や電話などでの相談受付、訪問、通院の同行、行政機関等の手続き支援
(基本的に、支援相談員と区の職員1名で同行)

(3)地域における中国帰国者支援団体について
先にも述べたが、練馬区が他の自治体と比較して、進んだ取り組みを行っている背景には、従来から地域で活動してきた支援団体やNPOの存在が大きい。
現在、練馬区が事業委託または、事業助成を行っている団体は2団体ある。
練馬区では、両団体がすでに行っている活動に合わせる形で、仕組み作りを行っている。

① 中国「帰国者」・家族とともに歩む練馬の会<同歩会>
20年以上前から活動をしているという話しであるが、正式には1996年(平成8年)に設立され、1世だけでなく、2世や東京都の中国帰国者相談員、区の福祉事務所職員などもボランティアスタッフとして参加している。

国の政策では、1世及び帰国時に同伴した家族しか支援の対象にならないのに対して、同歩会では、2世、3世なども含め、線引きをすることなく広く支援活動を行っている。
現在は、主に3世の学習の支援に力を入れている。
現在、従来からの日本語教室や地域交流事業などについて、練馬区から委託、もしくは助成を受ける形で行っている。

なお、本論文末尾に「同歩会」の会報の一部を、参考資料[10]として収録した。

② NPO法人 中国語の医療ネットワーク
中国残留帰国者2世であり、医師でもある理事長が、2006年(平成18年)に設立。
ホームページ等で、中国語の出来る医師や看護婦がいる全国の病院等を紹介している他、練馬区内に中国残留帰国者を対象としたデイサービスセンターを開設している。
(12)(13)
 筆者は、このNPO法人にも訪問、聞き取り調査を行った。詳しい事業内容等については、第3章8節で紹介する。

(4)地域における中国残留邦人等支援ネットワーク事業
① 住民の理解を得るための研修会など
1団体に委託して実施。
旧正月の集いや胡弓の演奏会などを行っている。

② 地域で実施する日本語交流事業
両団体に委託して実施。
中国料理教室、太極拳の集い、茶話会、中国語で話そう会、中国の盆踊りを楽しむ会などを行っている。

(5)身近な地域での日本語教育支援事業
① 日本語教室を開催する事業主体に対する助成
1団体が実施。
成人向け初級、成人向け中級、子どもコースの3コースが開講している。

② 日本語学校利用者に対する受講料の助成
国から示された仕組みにより、区が直接、実施する。
しかし、対象となる帰国者が、①の日本語教室を利用しており、また要件も厳格なため、現在までのところ応募者はない。
※なお、日本語教室へ通うための交通費は、「地域生活支援プログラム」により東京都が支給。

(6)自立支援通訳等派遣事業
① 自立支援通訳派遣
1)通訳派遣事業については、練馬区が直接、管理を行っている。
通訳希望者は、事前に区に自立支援通訳の「登録申請」をし、面接等をした後、採用者を「通訳者名簿」に登録し、「登録証」を発行する。
現在、通訳者として登録されているのは、2世、3世、中国からの留学生、東京都の元自立指導員などである。

2)通訳を必要とする1世、2世は、「通訳派遣依頼者」に派遣を依頼する。
その後、通訳派遣依頼者は、「通訳者名簿」から、適当な通訳者を選び、通訳者にお願いする。
派遣業務を行った通訳者は、区に「実績報告書」を提出することにより、区は派遣内容の確認をする。

練馬区では、従来から通訳派遣は行ってきたが、制度の移行により、登録者数も4人から10人に増えた結果、需要も3倍ほどになった。
通訳派遣については、希望者が直接、通訳者に依頼をするのでなく、派遣依頼者を介在させることにより、派遣内容、回数などを明確にする。

② 巡回健康相談
1団体が実施。
医師と准看護士の資格を持つスタッフが、中国残留帰国者のもとを訪れ、健康相談を行う。


3-4-2 区市町村(練馬区)の担当者からの聞き取り調査



ここでは、練馬区の担当者からの聞き取り調査をまとめる。

①2008年4月からの支援給付を実施する体制の確立だけで、精一杯の状況だった。

②もともと2008年度は、区での事業は行う予定はなかったが、区内の事情を調査するにつれて、早急な対応が必要と判断。急遽、7月から事業の実施。

③事業は支援団体等に委託してお願いしているが、事業の周知や人集めなどは大変。

④1世は高齢化している、「もう10年早く、新しい制度が始まっていれば・・・」との声を聞く。

⑤今後は、地域ごとに違う「中国語」への対応も課題の一つである。

⑥1世やその同伴家族だけを対象とした現在の制度では、出来る支援に制限がある。要望の多い2世、3世を支援の対象に広げてほしい。

⑦現状では、国の支援体制の枠(1世とその同伴家族)があいまいなまま、支援事業を行っている部分もある。

⑧現在、行っている事業の成果をしっかり精査して、今後の事業を考えていきたい。

以上の中で、とりわけ注目すべき点は以下のとおりである。
【1】新制度のための準備期間が短く、4月からの支援給付体制の確立だけで、手がいっぱいであり、他の支援事業は、まだこれからである。
【2】現状の1世とその同伴家族だけを対象とした支援体制では、十分ではなく、2世、3世まで枠を広げた制度が必要。