第3章 中国残留帰国者等への支援策の実態調査
3-3 区市町村の取り組みの実態について(足立区)
2008年4月から始まった新しい制度は、今まで、国や都道府県が主体となっていた中国残留帰国者に対する支援事業を、区市町村が主体となり、より地域や個人の事情に合ったきめの細かい支援を目指している。
ここでは、区市町村の実際の取り組みとして、東京23区の中でも、江東区に続き、2番目に中国残留帰国者が多い区である(2008年9月現在)足立区の実際の取り組みと、担当者から行った聞き取り調査についてまとめる。
3-3-1 新制度における区市町村(足立区)の取り組み
足立区で行っている中国残留帰国者等への支援施策は、大きく次のようなものである。
①老齢基礎年金の満額支給の実施
②老齢基礎年金を補完する生活支援の実施
(支援給付金の支給の他、その他の支援事業も含む)
これらは、ともに2008年4月から施行の国の政策であるが、実施主体(事務的な作業も含む)は、各区市町村である。
足立区では、これらの支援事業を進めるにあたり、「中国残留邦人等の生活支援の推進プログラム」を策定するとともに、支援・相談員を配置し、実態の調査・自立支援の展開を図っている。
(1)足立区の中国残留帰国者の実態(2008年11月現在)
①中国残留帰国者とその配偶者
約170世帯 280人
②支援給付受給者
137世帯 224人
(2)中国残留帰国者等 支援・相談員の配置状況
① 配置部署 福祉部自立支援課
② 配置人数 非常勤5名(うち2名は中国残留帰国者の2世)
③ 勤務日数 週5日 一日6時間
④ 配置年月日 4月1日より
⑤ 主な業務 支援・相談員1名あたり約30世帯を担当し、支援給付事務の補助業務、窓口相談業務、訪問による相談業務等を行う。
(3)地域における生活支援の取り組み
足立区では、中国残留帰国者へのきめの細かい支援を行うために、中国帰国者等支援・相談員が区内の全ての中国残留帰国者宅へ個別訪問を実施。各個人のカルテを作成している。
具体的には、足立区内の中国残留帰国者の実態を把握するために、2008年4月より、支援・相談員による対象世帯全戸について訪問面談を実施している。
これに基づき、各世帯(個人)のカルテを作成し、今後の支援策の基本データとする。(区内に在住する中国残留帰国者については、国(東京都)より住所等の提供を受けている)
① 地域における中国残留邦人等支援ネットワークの構築を支援する事業
1)地域で実施する交流事業や、地域住民の理解を得るための研修会等の実施(今後、実施予定)
(具体的な計画)
実施時期 : 2009年1月から3月にかけて実施予定
実施規模 : 1箇所 20〜30名(全部で3箇所程度)
対象者 : 民生・児童委員10名程度、中国帰国者10名程度、中国帰国者等支援・相談員等
中国の旧正月にかかる季節と日本の季節を感じる頃に実施予定。
町会・自治会・民生委員に呼びかけ、中国残留帰国者への理解を求め、地域に溶け込める仕組み作りを構築。
足立区の中でも、中国残留帰国者等が多く居住している地域から始め、周辺に広げていく。(花畑・鹿浜・保木間・中央本町を予定)
② 身近な地域での日本語教育を支援する事業(計画)
中国残留帰国者と地元の方々のネットワークを作り、帰国者の中でも日本語が上手な人や地域の人々に講師になってもらい、地域に密着した日本語教育を支援できる体制を整える。
③ 通訳等の派遣等を支援する事業
1)実施日 平成20年5月より
2)時間 8:30から17:00
3)人数 現在、12名の通訳員を登録(11月1日現在)
報酬: 半日 3600円
一日 7200円
交通費: 一律 1800円
4)実績 派遣回数 217回(11月1日現在)
精神的負担が大きいために帰国者の罹患率は、同世代の日本人と比べてかなり高くなっているが、帰国者の多くは病院に行っても言葉が思うように通じないため、自分の症状や痛み、不安を医師に伝えられず、また医師の説明も理解できない。
このような言葉の壁による中国残留帰国者の受診困難の問題から、足立区では8時間体制で病院に随行できる取り組みを行っている。
④地域生活支援プログラムの事業
1)中国残留帰国者が支援・交流センターへの通所や、その他、支援事業へ参加する際の交通費や、日本語等を学習する際等の教材費を支給。
支給する交通費は、一般的な経路に基づく鉄道・バス等の公共交通機関の実費とし、支給する交通費は、年間10万円を限度、教材費は、年間1万円を限度とする。
2)中国残留帰国者等が、資格試験などを取得するための受験料や、受講料の支給。
支給する受講料は、年間20万円、受験料は、年間1万円を限度とする。
なお、足立区における中国残留邦人等支援の実施に関する事業計画等の詳細については、本論文末尾の参考資料[8]、[9]を参照されたい。
3-3-2 区市町村(足立区)の担当者からの聞き取り調査
2008年から始まった新制度において大きな役割を果たすことになる、区市町村(足立区)の担当者から行った聞き取り調査についてまとめる。
①法律の制定から、施行まで準備期間が短かったために、取り組みについて、まだ未検討の部分が多くある。
②2008年4月からの「老齢基礎年金の満額支給」や「支援給付金の支給」、それにともなって、従来の生活保護などの支給からの切り替えの作業を、最優先の項目として行ったため、他の事業については、取り組みが遅れているのが現状である。
③支援・相談員については、中国語ができることは当然だが、同時に、中国残留帰国者に対して、理解がある必要があり、現在は5名のうち2名は、中国残留帰国者の2世である。
④足立区では、「かゆい所に手が届くサービスを」をモットーに取り組みを進めている。
⑤地域での事業を実施するにあたって、まずは中国残留帰国者の中でも、地域に溶け込める人を人選し声をかける。その後、しっかり仕組みができてから、全ての中国残留帰国者に周知するというように、段階的に進めたい。
⑥足立区では、高齢者が今でも100名以上(中国残留帰国者とその配偶者を合わせると、現在、足立区には全体で280名が在住)が生活している。10年後は、もっと高齢者が増える為、医療・介護が重要問題となる。
⑦地域のNPOやボランティア団体と協力し、将来的には足立区でも地域におけるきめの細かい日本語講座などを検討したい。
⑧資格取得支援制度の具体的な内容は、1世の高齢化の問題もあり、現在、東京都などと、内容の検討を行っている。
⑨足立区内に在住している、中国残留帰国者のネットワーク、地域の日本人と中国残留帰国者のネットットワークを、早い時期に構築したい。
⑩2世3世の中でも、言葉の壁、習慣の違いにより地域になじめず、仕事がなかなか見つかない現状がある。(2世3世の就労問題については、具体的には把握していない状況である。)
⑪中国帰国者支援制度は、あくまで1世とその配偶者のみなので、足立区としては、2世3世を対象とした特別な就労支援はしていない。
⑫2世3世の日本語の習得、就労支援、住宅対策などの課題がある。
⑬中国残留帰国者を対象とした特別養護老人ホーム等も検討し、2世3世の就労の場としても活用したい。
⑭2世3世を対象とした問題は、その地域社会で生活しながら解決していく必要がある。
⑮まだまだ、足立区としても手探り状態で取り組みを進めているが、足立区として個々の実情にあった具体的な施策を進めたい。
以上の中で、とりわけ注目すべき点は以下のとおりである。
【1】2008年4月からの支援給付金の支給開始を最優先に行ってきたため、支援事業については、取り組みが遅れている。
【2】1世やその配偶者だけでなく、2世、3世の問題(就労、住宅等)も、今後の大きな課題である。