中国残留帰国者問題の研究 ーその現状と課題ー

第3章 中国残留帰国者等への支援策の実態調査


3-9 NPO法人 中国語の医療ネットワークの取り組みの実態について



中国残留帰国者の支援については、財団法人や社団法人など比較的大きな団体が国や地方自治体からの委託を受けて、センターの運営などの支援事業を行っていることは、いままでに述べた通りである。

この節では、地域において中国残留帰国者を支援しているNPO法人に対して行った、訪問・聞き取り調査についてまとめる。

今回、筆者が訪問したのは東京都練馬区にある「NPO法人 中国語の医療ネットワーク」である。
このNPOは2006年頃、自身も中国残留帰国者2世であり医師でもある、現理事長を中心に設立された。


3-9-1 NPO法人 中国語の医療ネットワークの事業内容



NPO法人 「中国語の医療ネットワーク」の主な事業は、大きく以下の2つである。

(1)中国語で診察を受けることが出来る全国の医療機関のデータベース化
他の施設などの聞き取り調査などでも明らかであるが、中国残留帰国者が、日本で生活を行ううえで、直面する切実な問題として、医療(介護)がある。
日本語が十分に扱えない帰国者にとっては、医療機関に行き、自分の症状を説明する、あるいは医師の説明を受けるための、コミュニケーション力不足が大きな問題となる。

東京都(2008年4月以降は一部の区市町村)でも、医療機関に通院する際には、通訳の派遣などの支援事業を行っているが、その数は必ずしも十分とは言えない。
さらに、医療の現場では医療の専門用語が多く使われるために、その通訳のスキルも必要とされる。

このような課題を背景に、中国語の医療ネットワークでは、全国の医療機関に対して、調査を行い、中国語の理解できる医師の有無、専門、語学レベルも合わせてデータベース化を行い、ホームページにおいて、日本語・中国語の両言語で公開をしている。 東京都では、およそ240の医療機関が情報公開されている。

(2)デイサービス「故郷」の運営
練馬区にある都営団地の一角で、中国残留帰国者も気軽にサービスを受けられるデイサービスの施設を運営している。
中国残留帰国者の高齢化が進み、デイケア・デイサービスの必要性は増しているものの、言葉などの問題から、一般の施設への入所は困難を伴う。
このデイサービス施設は、現在、スタッフ8名のうち半数が中国残留帰国者の2世、3世であり、中国語でのコミュニケーションも可能である。
一日の利用者は、5、6名程度で、現在は全員、中国残留帰国者およびその2世である。


2003年より実施の厚生労働省の全国調査より



(3)練馬区からの委託事業
2008年4月の新支援制度の開始により、中国残留帰国者への支援主体は、各区市町村となり、きめの細かい支援体制の整備が進んでいることは、何度も述べてきた。

このNPO法人では、2008年7月より、練馬区と2件の事業委託契約を結び、中国残留帰国者への支援事業を行っている。

① 中国語巡回健康相談事業
この事業は、地方自治体が行う「通訳派遣事業」の一環として行われている。
医師または、准看護師の資格を持つスタッフが、中国残留帰国者のもとを訪れ、健康相談や生活相談を受けている。
開始3ヶ月で、15人ほどから、のべ20数件の相談があった。
② 日本語交流事業
この事業は、地方自治体が行う「地域生活支援プログラム」の一環として行われている。
現在までに、前述のデイサービスの施設を使用して、太極拳や中国料理の教室、健康をテーマにした講演会などの、交流事業を行っている。
これらの事業は、中国残留帰国者のみならず、地域の住民の参加もして行われている。


3-9-2  NPO法人 中国語の医療ネットワークの職員からの聞き取り調査



①当初は地方で医療機関に勤務していたが、帰国者からの要請が多くあり、上京。2年前にNPOを立ち上げた。

②医療は、便利さと地域性が重要な要素であり、言葉が出来ても遠くでは、十分な支援が出来ない。

③中国残留帰国者の高齢化が進み、医療だけでは限界に達している。これからは、介護の必要性がますます高くなる。

④年金の支給という経済的な面だけでなく、老後の生活をどう維持していくかという、社会の中での生活も重要である。

⑤10年ほど前、ヘルパーの資格を取った2世、3世は多くいたが、当時は介護対象が一般の日本人の場合が多く、言葉の面などで、なかなか仕事がなかった。
これからは、中国帰国者1世だけでなく、2世も要介護の年齢になってくるので、2世、3世のヘルパーの人材が必要である。

⑥老人福祉施設の要望も多く聞く。(会話サロンのようなものが必要)

⑦2世の半分くらいの人は、生活保護を受けているのではないかという印象。
生活保護をやめて自立しようとしても、失敗したときに生活保護に戻ってこられない不安から、自立する人は少ない。


以上の中で、とりわけ注目すべき点は以下のとおりである。
【1】1世だけでなく、2世の高齢化も進み、これからは医療だけでなく介護の必要性がさらに高まっていく。
【2】年金や給付金の支給という経済面だけでなく、帰国者たちが老後をどう過ごしていくかという社会の中での生活という点も重要である。